美術は静かに無題さんに語りかける。#05 | Untitled Vol.6
休館中の美術館で「無題」さんが遭遇したのは、テーブルの上で湯気をたてるお茶。不思議な形のカップの正体は…?
モナ・ハトゥム《T42 (gold)》1999年
二つのティーカップとソーサーが融け合うように、ひとつのオブジェが形づくられています。ハトゥムがこの作品について語る際、コンスタンティン・ブランクーシの《接吻》をしばしば引き合いに出すように(*)、本作は誰かと共にいることや親密さについて表現されたものだと捉えることができます。一方で、このカップを用いてとある二人が一緒にお茶を飲む場面を想像すると、カップが近すぎて上手く飲めない不自由さや、お茶をこぼしてしまうといった顛末が連想できるかもしれません。親密な関係にあるからこそ時に息のつまるような厄介さがあることも、本作はユーモラスに示唆していると言えるでしょう。このように、素朴な日用品を意外な方法で変形させる遊び心のある表現は、政治的抑圧やジェンダーといった現代の様々な課題を意識した作品群と並び、ハトゥムに特徴的なものです。
*例えば、2015年パリのポンピドゥー・センターから、翌年イギリスのテート・モダン、ヘルシンキのキアズマ現代美術館に巡回し開催されたハトゥムの大規模回顧展PRムービーなど。https://www.youtube.com/watch?v=tCUE8sa0z4I
モナ・ハトゥム《Projection (velvet)》2013年
Projection(投影法)とは、地図学において、地球のような3次元立体の表面に表されたものを2次元の平面に表現する方法を指します。その際生じる距離や面積のひずみに応じて、平面の地図ではそのつど強調/省略されるものが存在します。本作は、投影法によっては地図が世界の姿や認識のあり方を規定しうる可能性を暗示していると言えるでしょう。
ヴェルベットをレーザーで焼くことで表される陸地は、転じて、戦火や自然の驚異などによって荒廃し、疲れ果てた土地(世界)を想起させるかもしれません。加えて、Projectionという言葉が他に、(将来にまつわる)予測、予想という意味を持つことを思い出せば、本作は、未来の世界の姿を推測的に描きだすものとして捉えられることにも気がつきます。言語の持つ複層的な意味を思慮深く提示するタイトルのつけ方は、ハトゥムがしばしば好んで用いる手法のひとつです。