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松本千里インタビュー

現在、ヱビデンギャラリーで行われている松本千里「星つぶの彼方」。元来は布を染めるための技法である「絞り」によって布のかたちを生みだし、ダイナミックなインスタレーションを制作する松本さんに染織の魅力、そして今回の作品に込めた思いなどを伺いました。

素材の豊かさと技法の奥深さ—染織との出会い
広島市立大学に入学後、課題の一つに染織があり、調べていく過程で、素材の豊かさと技法の奥深さに驚きました。日本の場合は、技法がそれぞれの地域で縦に発達しているというか、代々続いていくことでより洗練されていくのが特徴だと思っています。他の地域の影響を受けながら横に広がっていくというより、歴史の時間軸に沿って縦に深められ、今に続いている。その深さと純粋さに惹かれました。

染織の素材には綿やウールのように自然のものもありますが、化学繊維もあります。ポリエステルとポリウレタンが混じった布だと、配合の仕方によって用途や風合いが変わってきます。日本は、他の国のように羊がいっぱいいるわけでも、広大な土地があるわけでもなく、気候的にもハードルがあると思うのですが、その中で独自の技術開発をつみ重ねてきた強みがあり、そこから広がる可能性を感じます。課題を通して布や繊維の歴史を調べる過程で受けた衝撃は、今でも強く残っています。

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「星つぶの彼方」展示風景

組み合わせを通して別の価値を作る
「絞り」は染色技法のひとつで、私が使っている「巻き上げ絞り」は糸で布地をまいて粒状に括って染めることで、独特な模様が生まれます。「絞り」の技法については元々知っていましたが、絞りで染めた布の模様について理解していても、布を巻いて粒が作られる、その様子は本で見るまで知りませんでした。ひだの作り方とか、絞り粒の細かさとか…染めるために準備された布が部屋中に広がっている写真を見た時に、「なんだこのブツブツは!」と、その立体的な形に興味を持ちました。模様に惹かれたわけではなくて、技法から生まれる造形に心奪われた、という感じですね。

2年生になって染織を専攻に決めてからは、染めや織りも含め、一通り基本的な技法を学びました。その一方、伝統的な技法を使いながら別の表現を生み出せないだろうかとフラストレーションのようなものを感じていました。素材の幅広さや組み合わせによる表情の多様さを理解していく中で、その組み合わせを通して別の価値を作れないかと考えていった結果が、今の立体的な作品です。絞りをしながら染めない理由も、形を見せたいという思いからです。

絞りにも地域ごとの違いがあります。京都だと「鹿の子」という小さな粒、愛知だと「有松鳴海絞り」という少し大き目の粒があり、私の作品は有松の手法で作られています。愛知では、竹筒やパイプを使った絞り方法も近代以降に開発されていて、これは他の地域には見られない特徴です。東北には、秋田に「鹿角絞り」という針を使った縫い絞りがあり、関東にも群馬のカラフルな「桐生絞り染め」があります。他の国や地域と比べても、これだけ多様な技法が残っているのは日本の特徴なのではと思います。

一般的には綿や絹を絞ることが多いですが、私の作品はポリエステルとウレタンが入った化学繊維の布を使っています。天然素材にはない伸縮性があって、厚手でジャージ生地のような質感が特徴です。その生地を糸で巻き上げていくとムチッとした、絹や他の素材にはない肉厚感が生まれます。この素材だと糸で巻いていることがほとんどわかりません。作品を見た方からも「石膏かと思った」と言われるくらい。絞りで染め模様をつくる場合は最終的に糸を解いてしまいますが、この素材と技法であれば糸も作品に組み込める。言い換えると、糸も表現に加えるとしたらこの組み合わせでやるしかないし、それが他の作家との違いになると思ったんです。表面の艶もウレタンの特徴ですし、ほつれにくく、縦にも横にも斜めにも伸びる。この素材でないとあのムチッとした造形の力はでてこないと思っています。

作品アップ

《over work》(部分)2018 photo: Kensuke Hashimoto

手を動かしながら考える
絞りの粒はひとつひとつ手で作っていくので、一見同じようでも差異が現れてきます。毎回大量の粒を作ることになるので、機械化できないかと思うこともありますし、もう無理だと思うこともありますが、完成した時にはやっぱり絞ってよかったと感じます。私は自分の考えを紙に書きながらまとめていくよりも、手を動かしながら考えて、「こういう表現もできるな」「素材にこういう力もあるんだ」と、分かったことをメモにしていくタイプです。手を動かしているとイメージが湧いてきますし、手を動かしながら作品が変化していくこともあります。私にとって手を動かすことは考えるための大事な行為なのだと思います。

今回も、夜はギャラリーの内側から照明がつくということで、その光の透け感をどう見せるか、絞りの密度や奥に向かって絞りが消えていく感じをどう作るか、制作しながら考えて、直してというのを繰り返しました。これまでの展示は昼間だけの場合が多かったのですが、夜も見られる場所での展示は私にとって新たな試みだったと思います。夜と昼の感じを一緒にするのか変えるのか、どうすれば粒の存在や布の質感を活かせるか…。考えていく中で、通りに面したギャラリーのガラス面ギリギリに作品を設置する方法を選びましたが、最終的にそう決断するまでは勇気がいりました。

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「星つぶの彼方」展示風景(夜)

鑑賞よりも体験を
制作をする際は、鑑賞者が作品を見る時に「飲み込まれる」ような体験をしてほしいという思いがあります。作品のサイズを考える時も、人の身体のサイズや目線の位置を考えています。作品を鑑賞するというよりも、作品に没入する体験をしてほしいと思っていて。今回はギャラリーの中に入れないショーウィンドウ型の展示空間だったので、ショーウィンドウ越しに見た時に、どう飲み込まれるような体験をしてもらえるかを考えました。ウィンドウから1メートルも離れたら、絞りは細かくて見えなくなってしまう。立体的な形もウィンドウ越しには効果的に伝わらないかもしれないと考え、通りがかりの人を吸い込むような形状にしようと思いました。そこから奥に入り込んでいくプランを考えたのですが、こうした構造の作品は今回が初めてで、奥に行くに従って変化する粒の感覚やサイズを計算しつつ、光が当たった時の布の透け感を考慮して作っていきました。パブリックな環境なので、アート鑑賞を目的にしていない人が見た時にどう感じるかは気にして作りましたし、近くに小学校もあるので、子どもでも見やすいよう工夫しました。どんな方々があの場所を通りかかるのかは、結構観察しましたね。

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「星つぶの彼方」展示準備中に通りがかった小学生

あと、今回展示期間が3ヶ月と長く、日差しや空気の変化による作品の変化を外から見られることを特別に感じています。外の要素がかなり影響するので、半野外での展示だなと思っています。10月に搬入した時はまだ暑くて、作品自体が太陽のようにも見えましたし、木漏れ日の映り込みも印象的でした。11月に入ると日差しが和らいで作品の影がスマートに出ている状態で、作品自体も落ち着いたブラックホールみたいな雰囲気になって…。外の要素で作品がこんなに変わるんだって驚きました。冬になって雪がふったりしたらどうなるんだろう…と楽しみでもあります。雪、降って欲しいです(笑)。3ヶ月という展示期間も私にとっては初めての経験ですし、長く愛される作品になると嬉しいです。

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「星つぶの彼方」展示風景

個と群衆—労働の中で埋没していく個
これまでの作品にも通底するテーマ「個と群衆」は、今回の作品にも反映されています。絞りをひとつひとつ作っていると、そこに思いを込めてしまうというか、擬人化してしまうのと、ひとつひとつの粒が集まっていく様を人のように感じるんです。形を作っていく時に、粒の向きによって表情が変わり、同じ流れを進んでいるように見えたり、一箇所に集まっていったり拮抗していったり、距離をとったり話し込んでいるように見えたり、そういう表情がついていくことで絞りに物語が生まれるように感じています。

また、絞りは全部手作業で行われていて、手間と時間がかかるんです。着物の中でも絞りの着物は一番高い値がつくくらい人の手がかかっています。その労働性や労働の蓄積が、ワーカホリックな現代人に重なったというのも、絞りを擬人化して見る視点につながっています。絞りの技法を用いることで、労働と時間の蓄積を表現できると考えていますが、それは一方で労働に追われて死ぬまで働いてしまう追い詰められた状況も想起させます。擬人化と労働における人間の矮小化というのが自分の中にあって、それが「個と群衆」というテーマにつながっているのだと思います。

もちろん労働とはいえ、制作の過程では楽しさもあります。でもそれがすべてではありません。染織の産地に取材に行って職人さんと話しても、いつも「きついよね」という話になります。そこは綺麗事だけでは済まなくて、労働の楽しさもあるけれど、楽しいからできているということで終わらせてはダメだなって。「個と群衆」というテーマは個人的なものでもあるのですが、こういった思いを持っているのは、私だけではない、とも思っていて。何かを解決したいというよりは、何かを共有できるような作品になれればと思います。

しゃにむにの先

《しゃにむにの先》2018

作品を通して希望を語ること
今回「星つぶの彼方」というタイトルにした背景には、コロナ禍で先が見えなくて、私自身が無気力に陥っていた状況があります。この先に何があるのかを考えて、どうしようと思っていた時に、担当学芸員の方が、これは「祈り」のようなものだと言ってくださって。そこから…なんでしょう…この作品が希望になってもいいんだって思えたんです。未来が見えずに不安だ、ということではなく、明るい希望に満ちたものをこの先に見ることもできる。そう言ってもいいんだと思ったことが制作していく上での自信につながりました。星つぶというのはひとつひとつの絞り粒のことではあるのですが、私にとって、それは人間であって、ひとりひとりが重なりあって、見えない彼方の未来へと導いていくような作品になればと思っています。

今回のような希望の要素は、確かにこれまでの作品にはなかったかもしれません。作品を通して希望を語ることにずっと自信がなかったんです。この状況で希望を語ってよいのか、という思いもあったのですが、私が見たいのは希望だって思えて。この先、どこに向かうかは分からないけれど、労働にしても伝統にしても、これまでずっと続いている意味って、明るいところに行きたいからじゃないのかと思って。これまでの作品では個が埋没していく様を扱ってきたところがありますが、それを私が何年も続けている理由も、やっぱり明るいところに行きたいからだと思うんです。コロナ禍で、みんなバラバラの「個」になってしまったけれど、それでも道はずっと続いていて、みんなの行き先は明るいんだよ、ということを私も言いたいという自信がついたのは大きかったですね。言い切ってしまうことに不安も怖さもありましたが、そういう思いで制作を続けて作品が完成して…。完成した当初は反省ばかりだったのですが、ある晩、作品を見に行って、作品の前に立った時、希望を語ってよかったと思いました。

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「星つぶの彼方」展示風景

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【プロフィール】
松本千里(まつもと・ちさと)
1994年広島市生まれ。広島市立大学大学院芸術学研究科博士後期課程在籍中。伝統的な染織技術を学び、インスタレーションやパフォーマンス活動など、素材と技法に根ざした現代における新しい表現に挑戦している。「Tokyo Midtown Award」(2017年)で優秀賞受賞、「第4回金沢・世界工芸トリエンナーレ」(2019年)で入選、「六甲ミーツ・アート芸術散歩」(2020年)で準グランプリ獲得、「FUTURE ARTISTS TOKYO」(2019年、2021年)に出展するなど活躍を続けている。

【開催中の展示】
松本千里「星つぶの彼方」
「どこかで?ゲンビ」の一環として、ヱビデンギャラリーにて展示をおこないます。その第1弾として、広島市を拠点に活動する松本千里を紹介。元来は布を染めるための技法である「絞り」によって布のかたちを生みだし、ギャラリーの空間を埋めつくすダイナミックなインスタレーションを実現します。どうぞご期待ください。

会期|2021年10月8日(金)~2022年1月16日(日)
会場|ヱビデンギャラリー(広島市中区中町8-8)
※会期中無休、観覧無料

詳細は美術館ウェブサイトを