美術は静かに無題さんに語りかける。#03 | Untitled Vol.4
ゲンビの休館中キャラクター「無題」さんのもとに届いたのは・・・?
河原温《Today》1966-2013年
縦155cm×横226cmの大きな画面に、「1984年9月8日」という日付が白い文字で描かれています。絵画を描くその日(=「今日」)の日付が描かれたこの《SEPT. 8, 1984》は、《Today》と呼ばれるシリーズのうちの一点です。40年以上に渡るこの連作は、その日中に完成しなかった場合は破棄されるなど、厳格なルールのもとで継続されました。シリーズを通して大小さまざまなサイズのキャンバスがありますが、本作品はその中でも最も大きいものの一つで、日付の表記には制作時における河原の滞在先の言語が用いられています。
日付という記号的な情報を提示するのみの画面は、筆跡も残されず、捉えどころのない印象を与えるかもしれません。一方、それは特定の日付を記念するために描かれるものではないため、観る者それぞれがその日に対する想像を自由に広げられるという側面があります。幾千もの「今日」の集積は、その一日が膨大な時間の営みの中のほんの一瞬の煌めきにすぎないことを思い起こさせます。沈み込むようなダークグレーの色彩が、底知れない時間概念の広がりへ私たちを呑み込んでいくかのようです。
© One Million Years Foundation
Photo: Nakao Toshiyuki (Life Market Co., Ltd.)
河原温《I Got Up》1968-1979年
絵葉書には、日付、名宛人、差出人である河原の名前と滞在先の住所、そして、河原がその日起きた時間を告げる”I GOT UP AT…”(「私は…時に起きた」)という英文がスタンプによって記されています。起床時間を淡々と報告するのみの絵葉書は、1968年から11年もの間、毎日欠かさず河原の知人や友人に向けて送られました。本館が所蔵するのは1971年に発送されたものの一部で、絵葉書には、河原がその時滞在していた土地の名所やランドマークの写真が使われています。
スタンプを押すという機械的な作業に対して、発信されるメッセージは起床時間という、幾分親密さを伴うものです。それらは作家がつけたささやかな日記のようにも見えますが、一方である種の切実な生存報告のようにも感じられます。生前はインタビューに応じず、ポートレートも公表しないなど、公の場に姿を現すことはなかった河原。自身の生に関する情報を記録するかのような作品は、河原その人が存在したことを示す、殆ど唯一の媒体と言えるでしょう。
© One Million Years Foundation