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2m26 インタビュー | Untitled Vol.4

8月28日、フランス出身のデザイン・ユニット「2m26」(メラニー・エレスバク、セバスチャン・ルノー)が休館中のゲンビのために制作した、「ツールボックス」がオンラインでお披露目されました。これまでも家具を路上に持ち出すパフォーマンスによる公共空間への柔らかな介入など、デザインの枠を超えた活動を展開してきた2m26が、ゲンビのツールボックスに込めた思いとは?デザインを通じて多様なつながりを生み出す2m26の手法について伺いました。

日本に居を構えるまで 
最初に日本を訪れたのは2013年です。日本に行こうと思った理由は色々ありますが、一番は日本の工芸と温泉に興味があったからです(笑)。ヨーロッパでは伝統的な手工業はすでに失われてしまっています。手工芸品はぜいたく品で、誰にでも買えるものではありません。日本では、様々な分野の職人の方たちが今も仕事を続けていて、その作品を日用品の価格で手に入れることができ、日々使うことができますが、それはとても特別なことです。
 二つ目の理由は、日本が置かれている状況です。日本は今、経済危機や環境問題など様々な課題に直面していますが、困難な状況から生まれる新しい力を感じています。停滞する経済状況の中で、環境へ配慮をしながらどのような未来を描けるか、そうした危機の先を想像する力を新鮮に感じたのです。
 その後2015年に再び日本を訪れ、ゲストハウスを建てるプロジェクトで広島に一時滞在しました。その場所は、現在一般公開されていませんが、広島市内では他に基町のオルタナティブ・スペース コア、堺町にあるワインバー・ウルルの内装を手掛けました。

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2m26とモデュロール
「2m26」はフランス人建築家のル・コルビュジエが自身の設計の基準寸法として用いた数列「モデュロール」(フランス語の「モデュール(寸法)」と「セクション・ドール(黄金分割)」を組み合わせた造語)からきています。2m26cmという数字は、人が手を上げた時の高さです。モデュロールを提唱したのはル・コルビュジエですが、人体における数学的な比率や黄金分割を建築設計に用いる伝統は、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの時代からあったものです。
 同じような考え方は日本にもあります。日本家屋のデザインは畳の寸法を基準にしていますし、「尺」など日本の伝統的な単位もモデュロールと同じ考え方ですよね。私たちが現在住んでいる京都の町も、碁盤目状の区画づくりなど、町全体が一定のルールに基づいて設計されています。ごく小さな日用品から非常にスケールの大きい複雑なものまで、同じルールでデザインできるのが面白いですよね。モデュロールの理論で作られた空間に入るとなぜか安心する、といったように、人体や黄金分割をもとにしたモデュロールは、一定の安定感と人間の身体との調和性を実現できると言われています。
 2m26の活動は多岐に渡り、私たちが作るものもクラフトから家具、家、アートプロジェクトと様々です。形は様々でも、私たちが行っているのは基本的にひとつで、それは人々が共に生きるためのツールを提供することだと思っています。そのツールが家であったりアイデアであったり、テーブルだったりするわけです。

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ゲンビの「ツールボックス」
ツールボックスの話を最初に頂いた時、様々なものをしまう「箱」ではなく、美術館の中にもう一つの空間を生み出すような提案をしたいと考え、家型のデザインにたどり着きました。無機質な美術館空間に、家にいる時のような心地よさを入れ込みたいと考えたのです。
 新型コロナウイルス感染症の影響で、館外でのワークショップが実現できていないのは残念ですが、今後ツールボックスが町に出ていくことで、美術館に対する人々の印象に変化が生まれればと思っています。休館中、町なかでツールボックスを体験した人が、リニューアル後の美術館を訪れ、かつて町なかで使った家具類があるのを見て親近感を覚えたり。美術館と都市の関係を考えていく機会になると嬉しいですね。

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共通の記憶をつくる
ツールボックスが町に出ていくことで何が起きるか、事前の予想はしないようにしています。ツールボックスと人々の関わりは様々で、例えばたまたまツールボックスを見かけてそのまま通り過ぎる人もいれば、その場に留まって何が起きているのか知ろうとする人もいるでしょう。もちろんツールボックスを用いたワークショップに参加している人たちも。大事なのはどのような関わり方であっても、ツールボックスを見たり関わったりしたことが、その人たちの「共通の記憶」になることです。通常、共通の記憶とは歴史的な出来事を通して形成されると考えられますが、ツールボックスも、ある種のポジティブな共通の記憶をつくることができると思うのです。直接参加しなくても、道端に可愛らしい小さな家があって楽しそうにご飯を食べている人たちがいるな、と横目で眺め、それを今日の出来事として家族に話したりする中から共通の記憶が形づくられます。それもあって、最初のワークショップは人々が行きかう場所で行いたいと思っています*1。建築家も色々ですが、私たちは人と話し、人を驚かせ、新しい関係をつくるタイプの建築家なのだと思います。

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喜びを共有する
今回、伝統的な建築工法も意識しました。ツールボックスには釘や接着剤を使っていませんので、バラバラにすることもできますし、時間が経って古くなったら土に還ることもできます。日本家屋と同じように。テーブルとスツールは大人でも子どもでも使えるサイズにしています。大人にとっては少し小さめ、子どもにとってはちょっと背伸びしたサイズになりますが、同じサイズにすることで、みんなでひとつのテーブルを囲むことができます。
 材料には私たちが暮らす京都の京北地域で生産される木材が使われています。2m26の作品で使われる木材は工場で大量生産されるものではなく、生産者と時間をかけてデザイン案を共有し、個々のパーツを切り出してもらいます。ひとつひとつの素材に愛情がたっぷり含まれているんです(笑)。愛情をこめてつくられたものには「喜び」が宿ると思っていて、ものを通して使い手と「喜び」を共有することは、自分たちの仕事において大切にしていることでもあります。生産者の方は自分の木材が広島の美術館の企画に使われることを知っていますので、いつもこのプロジェクトのことを気にかけてくれていますよ。そういう意味で、ツールボックスは、ツールボックスに関わる皆さんと京北の生産者とをつなぐツールでもあるのです。

ゲンビは休館中、様々な場所に作品を展示するプロジェクトを行っていますが、そうした試みは、美術館と作品、そして人々との関係づくりに一役かっていると思います。「ツールボックス」が、そうした活動の手助けになれば嬉しいです。自分が生活する場所で何かが起こり、それが共通の記憶となって、少しづつ町が自分自身のものになっていく。その繰り返しから町のアイデンティティが形づくられるのだと思います。

*1 10月に広島市中心部の平和大通り緑地帯で行った

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【プロフィール】
2m26
建築家でありアーティストでもあるふたりが2015年に設立し、京都を拠点に活動するユニット。ル・コルビュジエが提唱したモデュロールを基準寸法とした家具デザインと建築設計を手がける。また、デザインにとどまらず、パフォーマンス、ワークショップなど多彩なアプローチ方法によって、都市のあり方を探求している。