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園田昂史インタビュー

自然界における動植物などへと変身し、まちや自然の風景へと介入する方法によって作品を制作する作家・園田昂史。その自己変容という手法を取り入れた今回の展示「EDELWEISS」を中心に、近年思索を深めるゲーテの植物変態論などについて、現在拠点とするドイツよりお話しいただきました。

——本作《EDELWEISS》では氷河に変身した園田さん。まずはその氷河と、作品タイトルであるエーデルワイスの関連性について教えていただけますか。

 僕がドイツへ初めて交換留学した2015年から、植物の一部、自然の一部に変身するという作品を作っています。そのあとの2018年にもう一度ドイツに来たとき、せっかくだからヨーロッパで有名な植物を作品にしたいと思いました。そこで思い浮かんだのがエーデルワイスでした。
 最初は素朴に、エーデルワイスが咲いている場所で何かできないかなと思い、まずは花を見つけに行こうとしました。色んな友達に、エーデルワイスについて聞いてみたんですね。どこで見ることができるのか、とか、どういう場所に生えているのか、とか。それでスイスに行けば見られるという情報を得たので、アルプス山脈まで行ってみたんですが、花を見つけられず・・・。そのときは3月の末頃で、雪に覆われて植物が全く見つからないという状況でした。それから宿に帰って調べるうちに、エーデルワイスが氷河遺存種(*1)と呼ばれる植物だという情報に辿りついて。そこで、花そのものではなく氷河というモチーフに注目することにしたんです。そうすることで、別の方向からエーデルワイスの正体に迫れるのではないかと考えました。

展示風景 Photo: Kenichi Hanada

——現地で全く予想していなかった光景を目にしたことで、モチーフの正体に近づく新たなアプローチが生まれたんですね。またドイツで本作を発表した際は、洞窟のような構造物の中でパフォーマンスの映像を投影するという展示でしたが、今回は、映像と氷河遺存種についてのテキストを掲出するという構成になっています。

 展示場所がショーウィンドウなので、ドイツで発表したような、構造物の中に入って作品を見るという体験ができないんですね。映像だけでは伝わらない部分も多いので、作品として一体化させる形で言葉での説明を入れてはどうかと、担当学芸員さんにご提案いただきました。僕自身どのようにすれば、ただの説明としてではなく表現として作品のコンセプトをより良くプレゼンできるかがずっと課題だったので、すごく良い提案でした。僕としても初めての試みで、ドイツからオンラインで展示作業を確認していたんですが、すごくしっくりきたんですね。見せ方としても新しい発見があり、とても良かったと思っています。

展示作業時のようす

——続いて、自己変容という手法についても伺っていきたいと思います。園田さんは《葉の成り行き》(2015-2016年)という作品で初めて葉っぱに変身します。植物に変身する、というアプローチを試みるきっかけは何だったのでしょうか。

 僕がドイツに来たときは、言葉も全くできなくて、知り合いもいませんでした。アトリエと家を行き来する、ただそれだけという日々だったんですが、すごく孤独な気持ちがあって。そんなとき、毎日通っていた道端でたまたま見たポピーの花がすごく力強く見えたんです。それを何日か観察するうちに「やってみよう」という気持ちが沸いてきて。道端でただただ何かを支えるという行為を作品にしようと思ってやったのが、《葉の成り行き》でした。

《葉の成り行き》2015-2016年

——ちなみに、それまでに自分の身体を使うような、いわゆるパフォーマンスの作品に取り組んだことはありましたか。

 僕自身は彫刻科の学生で、主に木彫をやっていたんですが、2009年から活動している「チームやめよう」(*2)というグループで現代アート的な方法にずっと触れていて、パフォーマンスもよくやっていました。ひたすら走る、みたいなことをしていて、今の僕の作品や制作スタイルのベースになっていると思います。でもそのときは自分でも何をやっているのか全然わかってなくて、ただただおもしろいことをやろうといった感じでした。
 ただそのおかげで、彫刻家だと思って彫刻を作っていた自分が「彫刻」はできないということに気がついたんですね(笑)。塑像とかも全然上手じゃなくて(笑)。チームやめようでやっていたことは「美術」だったんだな、ということに思い至って、僕の作品もそっちの方に寄っていきました。グループはみんな彫刻の人たちだったので、「彫刻」の延長としてやっていた面もあると思うのですが。

——とても興味深いエピソードですね。彫刻家と名のつく人の作品には、パフォーマンスもあればビデオ彫刻と呼ばれるようなものもありますし、彫刻を彫刻たらしめるものは何なのか、ということに想像を広げることで自由度を獲得してきたのが彫刻なのかもしれません。話が少し飛躍するかもしれませんが、園田さんが現在ドイツで指導を受けているのも彫刻家の先生ですし、今取り組んでいる自己変容の作品にも彫刻に対する意識が関連してくるのでしょうか。

 そうですね…。まだ上手く説明できない部分も多いんですが、僕が今テーマにしているゲーテの話につながっていきます。植物に注目して《葉の成り行き》を完成させたとき、その展示を見た教授がゲーテの植物変態論を紹介してくれたんですね。最初の変身は感覚的にやっていたのですが、この理論を用いることで自分がしていることを言語化、理論化できるかもと思ったのが興味を持ったきっかけでした。ゲーテの植物変態論の中には「形成意欲」という言葉が出てきます。僕はこの「形成」をある種の科学的な言葉、「意欲」を非科学的な言葉と捉えて、その組み合わせでもってかたちの正体を考えるような作品を作りたいと思っているんですが…。
 ゲーテと聞くと文学や哲学を思い浮かべることが多いかもしれませんが、植物学者としても有名です。ただ、ゲーテの考え方と今の自然科学の考え方とでは大きく異なる点があって、それが対象の分析方法です。今の自然科学では、対象になるものを自然から切り離して、実験室という特殊な空間に持ってきてから解剖し、情報化するといった方法をとるんですが、ゲーテは観察するということにもっとフォーカスしています。植物を観察して、スケッチして、ということを繰り返すんですね。僕はこれが、ある種自然の中に没入していく観察方法だと思っていて、そして僕がやっていることも、僕自身が自然の中に介入していくパフォーマンスです。そしてパフォーマンスには、実体験としてしか得られない情報みたいなものが常にあって。この、変身という対象に入り込む行為だからこそ見つけることができる情報を取りこぼさないよう、いつも気をつけて作品を作っています。

——なるほど。形成意欲などのゲーテの考えには、植物はそれを取り巻く自然との関わりの中で、何らかの意志や主体性を持ちうるという見方があるように思います。おっしゃるように、既存の科学における、主体性を持たない客体としてそれらを捉える見方と全く異なる点ですよね。園田さんの言う「対象に入り込む行為」としての変身は、対象となるものの主体性と園田さん自身の主体性とがどこかで交差しうる、と捉えている点が重要なのかなと、今のお話を聞いて思いました。

 撮影のときは20〜30分カメラを回すんですが、最初の10分くらいは色々考える時間なんですね。きついな、とか、風強いな、とか。それが最初の発見というか。15分くらいたつとすごく疲れてきて、思考が止まる、無心の状態になるんですが、それがある種僕という個人がいったん脇にそれる瞬間なんだと思います。おっしゃるような、対象の主体性と自分の主体性があるとして、その自分の主体性みたいなものが薄れていくときが、対象に一番近づくことができる時間なんじゃないかと思っていて。映像も、基本的には後半の5分あたりを作品にしています。

——対象に近づくということに関連して、変身する際に身に着ける衣装や小道具にこだわりなどはありますか。

 ないですね。僕が大事にしているのは色と動きです。動きでは、対象を観察して発見した特徴とか特質を自分なりに解釈して、このモチーフだからこの動きになる、ということを分析します。服や小道具は、しっかり変身するためのものというより、一応色だけはモチーフにちなんだものにしよう、くらいの感じなんですね。見た目の再現性を重視しすぎると、むしろ対象から離れてしまうような気がしています。わざとらしくなりすぎるんじゃないか、と。再現性はいまひとつでも、今のアプローチの方が根源的なところで近づけると思っていますし、あとは見た目がポップな方がかわいくて良いかな、とも思っています。

《EDELWEISS》2019年

——変身の見せ方、というのもポイントになるんですね。カメラの置き方を始めとする映像内の構図も、この見せ方に関わる重要な要素になってくるのでしょうか。

 いつも考えているのは、最初から最後まで見ても、一秒だけ見ても、全部伝わってくるようなパフォーマンスにするということです。なので最初に構図を決めるときは、どういう場所で行うのか、そして、どうすれば僕がいる環境や空間がより良く伝わるか、美しく見えるか、というのを一番に考えます。そしてそこに僕が追加で入っていく、というような撮り方をしますね。
 場所という素材は、僕の作品の軸となるモチーフのひとつです。作品を作るにあたって一貫して考えているのは、僕がドイツにいて何ができるのかということなんですが、日本でなかなか見ることができない風景に出会えることは強みだと思っています。近隣諸国にも気軽に行けたり、そもそもこれまで生活していた日本とは住んでいる環境が全然違っていて、そこで得る気づきもありますしね。

《Norway》2020年

——日本で作品を制作するのと、ドイツで制作するのとで、一番異なるのはどういったことですか。

 ひとつは、モチーフにする対象が変わるということでしょうか。日本では長く作品を作っていませんが、妖怪など、見えないGeist(*3)みたいなものを捉えるような作品を多く制作していました。アニミズムや、自然の大いなる力、といったものでしょうか。でもドイツに来てからは、もっと小さい世界にフォーカスするようになったと思います。葉っぱや雪などにフォーカスすることで、反対にもっと大きな世界を見るといったように。

——園田さんご自身が前者を「異現実」、後者を「細現実」と名付けて取り組まれているものですね。今後の制作でも、この両方のアプローチが続いていくのでしょうか。

 たぶん両方やっていくと思うんですが、今3つ目を目指していて・・・。とにかく今は、先ほどお話しした「形成意欲」という概念についてさらに考えていきたいと思っているところです。僕としてもまだ手探りの段階で、今後どうなっていくかは正直まだわからないんですが(笑)。

——それは楽しみです!今後の展開に期待ですね。

*1:氷河遺存種とは、かつての氷河時代に広い範囲に分布していたが、氷河時代が終わり、気候が温暖になるなどしてその地での生育が難しくなり、現在では寒冷な地域や高山などの限られた場所にのみ生息しているものを指す。
*2:2009年に広島で結成され、個人の営みや社会の中にある「やめたくてもやめられないこと」をテーマに作品制作を行うアーティストグループ。主な展覧会に、「ゲンビどこでも企画公募2009」(広島市現代美術館、2009)、「第14回 岡本太郎現代芸術賞」(川崎市岡本太郎美術館、2011)、「TOKYO EXPERIMENTAL FESTIVAL Vol.8 ― TEFサウンド・インスタレーション 第2期」(トーキョーワンダーサイト本郷、2013)、「エマージェンシーズ24 『カメ・雑音・イドラ』」(ICC、2014年)など。
*3:ドイツ語で、「精神」、「心」、「幽霊」などを意味する。

【プロフィール】
園田昂史(そのだ・たかし)
1989年、熊本県生まれ。2018年、広島市立大学大学院芸術学研究科博士後期課程満期退学。現在アラヌス芸術社会科学大学大学院彫刻専攻に在籍し、彫刻家ヨハン・ブレーメに師事。ドイツと日本を拠点にして、彫刻、ビデオパフォーマンス、インスタレーション等を制作。自己変容という手法を用い自然現象の裏側に潜む形態とその変容性について問いかけることを試みている。

【展示情報】
園田昂史「EDELWEISS」
広島駅南口地下広場ショーウィンドウでの「どこかで?ゲンビ」第4弾として、園田昂史を紹介します。園田は自分自身が植物や動物になり変わり、自然やまちの中に介入するという方法によって作品を制作しています。今回の展示では、エーデルワイスの花が長い時間をかけて氷河とともに移動してきた氷河遺存種であるという事実に端を発したビデオパフォーマンスを2点発表します。

会期|2022年5月28日(土)~8月28日(日) 7:00~22:00
会場|広島駅南口地下広場ショーウィンドウ(広島市南区松原町9-1)
※会期中無休、観覧無料

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