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横山裕一インタビュー | Untitled Vol.3

休館中の美術館を取り囲む工事用フェンスや比治山公園内の看板にはじまり、8月以降は広島市中心部の商店街懸垂幕やお店のシャッター、トラックの荷台やバスの車内へと展開していく横山裕一「実施しろ」「何をだ」。今回旧作『燃える音』からの数点に加え、広島、比治山、そしてゲンビをテーマにした新作を10点制作いただきました。顔が印象的なインパクトのあるキャラクターとナンセンスな会話、独特な擬音の使いかたなどが特徴的な横山作品はどのように作られているのか?横山裕一が目指す普遍性とは?

新作シリーズについて
最初は「好きにやって」とのことだったのですが、お題があったほうがやりやすいので、いくつかネタを送ってもらいました。ゲンビがある「比治山」に関する昔の話から「汁なし担担麺」や「地ビール」など最近のものまで、10個程度でしょうか。そこから絵になりそうな場面を考え、膨らませていくのですが、あまり考え込まないように、手っ取り早く話にできるものを選んでいます。

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今回の企画タイトルはここからとられた(「出現」『燃える音』(c)YUICHI YOKOYAMA)

偶然の良さ、極端な選択
今回、気に入っている絵が多くて。例えば、地下室から出てきた人を見て、驚いて飛び跳ねている四角い顔の男がいるのですが、この一枚がすごく好きで①。四角い男の「顔」の部分のスクリーントーンが剥げているのですが、これはたまたま変な剥がれ方になりまして。ちょっとかっこいい感じだったので、そのまま残したんです。今回のように依頼で描く時は、気楽に描いているので、そういう偶然の良さがポンポンでてくるんです。自分の漫画だと結構ネチネチ描き直しをするんですが、依頼だとほとんど描き直しもしません。

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①四角い顔の男のスクリーントーンに注目

あと、地下室を扱った話がもう一つあるのですが、背景が真っ黒になっていると思います②。そこがすごく気に入っていて。背景を真っ黒にするか、スクリーントーンで中途半端に黒くするかグラデーションにするかなど、4パターンつくりまして、毎日眺めて悩んで、人に見せて意見を聞いたりしました。その四つは今もコピーで手元に残しています。こういう時に悩むのはよくない、ポンポン決めなさいよ、とも思うんですけど、気になってくると熱が入ってしまいますね。かっこよくしたいという欲が。最終的に、自分の本当の心はどこにあるのかを自分自身に尋ねるのですが、だいたい一番極端なやつを選びます。中途半端にグラデーションではなくて、真っ黒にするとか真っ白のままにするとか。極端なやつ、変なやつのほうがいいかな、と思うんですね。そういう選択を迫られる場面が出てくると、すごいものになってきたな、と感じます。今回そういう場面があったのがよかったですね。

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②背景の色を巡って試行錯誤が繰り広げられた

隙間なく、暑苦しく、息苦しく情報を詰め込みたい
擬音については、無意識につかっているので、自分ではあまり意識をしていないんです。日本の漫画って普通に音が使われますし、僕の使いかたってそんなに珍しいですか?とも思います。音の扱いという点では、できる限り大きく描こうとはしていますね。時々、邪魔にも見えるかもしれません。コマの中で、擬音を大きく描きすぎたために説明が窮屈になることもあります。擬音を小さく描けば楽だとは思うのですが、なるべく全面に情報がミチミチにいきわたっているようにしたいんです。隙間がなく、暑苦しく、息苦しく情報を詰め込みたい。そして見る者に迫りたいというか、雑音感を伴って迫っていく感じを作りたいんです。

とはいえ、広島での新作の擬音は比較的控えめですね。漫画だともっと暑苦しくなります。『プラザ』(左)はまさに擬音のせいで一年完成が遅くなってしまったんです。一通り描き終えた後、「擬音が小さい」と思ってしまって。全ページ擬音を大きくしたんです。擬音を大きくすると周りの絵も変えないといけないので、相当数の切り抜きが出ました。それを『燃える音』(右)に転用したんです。『プラザ』の擬音を大きくするために、やむなく切り抜いて捨てた=燃やした素材を使っているから『燃える音』なんです。

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左)『プラザ』(888ブックス、2019年)
右)『燃える音』(888ブックス、2020年)
書籍他、横山裕一さんのグッズをゲンビオンラインショップにて販売中

顔—内容は無くていい、面白ければ
顔のパターンについては、1万くらいあると思います。場面を考えて、合う人がいないなと思ったら新しく考え「人別帳」というノートにまとめています。キャラクターの顔については、「顔見世絵画」のような気持ちで描いているところもあって。「僕の描いたこの顔どうですか?」みたいな。だから内容は無くていいんですよ。面白い人がでてくれればそれでいい。

漫画って正面だけじゃなくて、横向きや後ろ向きの顔も登場するじゃないですか。後ろ向きでかっこいい人を増やさないと、となったら新人を発掘しなきゃならないんですよ。少し上から見たときに面白い人とか、顎から下が面白い人とか、いろんなタイプを養成しないといけない。もちろんその中には、よく使う優秀なやつから、いつまでたっても二軍から出てこないやつもいます。一瞬出てくるだけで二度と出てこない人とかね。人によって配置した時に生じる意味合いが変わってくるんです。何にでも対応できる人もいれば、この人をもってくるとちょっと真面目な絵になっちゃうな、とか。コミカルな絵になっちゃうな、とか。人を調整することで、味付けを変えているわけです。

今回は、10枚の絵の中に共通する人物を二度程度出しています。同じ人を登場させることで、一続きの物語として見た人が誤解してくれれば、と。見る人が「あるかもしれないつながり」を勝手に考えるのが面白いと思いますし、自分だったらそれがある方が楽しいんです。とはいえ、工夫をしたとしても、実際見る側がどのように見ているかは全く分からないんですけど。

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近年広島名物として定着しつつある「汁なし担担麺」

見る人の想像や誤読が生じる余地のある普遍性を
描かれているもののテーマはあまり伝わらないほうがいいと思います。もちろんそれがどこに展示されるかによって、否応なくつながりがあるように見えてしまうことはあるでしょうけど。場所が変われば、そうではない見方もできるようなものがいいな、と。いかようにも読み替えできる普遍性がある方がよいと思っています。季節とか国籍とか時代とか、人種とか男か女かとか、そういうのも全部不明なほうがいいと思って。時代やテーマを限定してしまうと、将来レトロになってしまうんですよね。レトロ=ある時代の懐かしいものとして評価されるのはつまらないですよ。かたやヘミングウェイの小説は、一応アメリカなどでのことを書いていますが、どうとでもとれるような内容ですよね。そういう普遍性を目指したいですね。

言い換えると、遊園地のジェットコースターみたいなものにしたくないんですよ。コースが決まっていて、こうしたら「怖い」だろう、「目が回る」だろうと、ある意図の下、観客を操っているじゃないですか。ある種の漫画や絵画にも、そういう傾向があると思っていて。そうはしたくないんです。本当にいいものはどうとでも解釈できるものかな、と思うんです。予定調和的というか、お客さんをばかにして「楽しさ」を贈り物のように提供する作品が多すぎるんですよね。それよりもお客さんに考えさせて、「君たちこれ分かる?」ってニヤニヤしているくらいのほうがいいんですよ。美術というのは、分からないものに対して、見る側が一所懸命がんばることで、本当の楽しさに近づけるものだと思うんです。そんなことを言っているから僕の作品は売れないわけですけど、そんな人間も生活できているのは世の中のいいところでもありますよね。

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横山裕一「実施しろ」「何をだ」の詳細は美術館ウェブサイトを


----オンライン限定のおまけトーク----
これまで屋外空間で作品を展示する機会はありましたか?
ほとんどありませんでした。2013年の愛知トリエンナーレくらいでしょうか。でも今年壁画の依頼が3つ立て続けにきまして。広島市現代美術館の企画に加え、関西国際空港と、東京駅近くの常盤橋タワーで作品が展示されます。それぞれ規模やサイズが似ているんですよ。

え、それじゃあ、勝手に続きものとしてPRしようかしら(笑)
(笑)いいと思いますよ。

まちなかで横山さんの作品に偶然出会う方に期待することはありますか?
「見ました」と反応があると嬉しいですね。それが漫画の売り上げにつながるとか(笑)。まちなかで見てもらうのは、ある意味スタンドプレーというか、それをいかにも意味ありげにやるのもどうかと思うところもあって。漫画は本で勝負すべきという思いはあります。そういう意味で漫画を読んで欲しいとは思いますが、広告物の方が注目度は高いですよね。「どこどこのポスター描いていましたね」、とは言われますけど、「漫画読んでます」とは言われないです。とはいえ、僕の作品が売れる世の中はおかしいとも思うので、これでいいんですよ(笑)。

横山さんはお酒もお好きと聞いていますが、広島で行ってみたいお店はありますか?
小いわしの刺身があるって聞いたんですけど、まだ食べられていなくて。それが食べられる店がいいですね。これまで何度か広島を訪れていますが、どこにもなかったんです。

横山さんが思う「よい店」とは?
僕、いろいろ基準があるんですよ。カウンターが広くて、ギュウギュウに人がいないとか。お店の人の感じがいいとか。メニューが外に出してあって、そこに魅力的なものが書いてあるとか。うるさいことを言われなさそうな店。それを確認する方法があるんですよ。店にいきなり入っていって「何時までやっていますか?」って聞くんです。それを聞いている時にすばやく店内を確認して、雰囲気とか客層とか混み具合、壁に貼ってあるメニューや店員さんの態度を見ます。「ここいいな」と思ったら、「後から来るかも」とか言って一度出て、2分後くらいに戻ってくるんですよ。旅先では必ずこの方法でお店を探しますね。

次回、広島にお越しいただく際には、小いわしの刺身を一緒に楽しめればと思います!ありがとうございました。

【プロフィール】
横山裕一
宮崎県生まれ。武蔵野美術大学油絵科卒業。 宮崎県出身だが、父親の仕事の関係で幼少時より転々と国内各地を引越ししていた。2000 年以降、 油絵よりも「時間が表現できる」漫画に活動領域を広げると、その独創的な作品は後に「ネオ漫画」 と称され、様々な分野から注目を集める。国内のみならず海外での評価も高く、漫画は欧米で出版。 本人いわく、友人と自分の会話を録音し、それを聴きながら描くのが好き。